オリビエートの坂の上

観劇のメモを投げ込む予定です

新しい時代のやさしさの話(カフカの東京絶望日記 1話後編)

 

新しい時代のやさしさの話だな、と思いました。そして、今までとは違うやり方で人と人がつながり合う話。

 

現実にこのカフカがいたら、まあ社会から弾き出されると思うんですよね。だって「変わってる」から。「私たちと同じじゃない」から。叩いて虐めて見ないふり、ってとこだろうか。

でもこのドラマの登場人物たちは、カフカという人間をそのままごく自然に受け止めている。試食用のパンを切るのが遅いことに「まだこれだけか」とは言うけど、それは単にパンを切る遅さに対してコメントしただけで、カフカの人格を否定するようなことはしない。みんなカフカのことを変わってるなとは思ってるのだろうけど、排除対象だとは考えない。この捉え方、いいなあと思うんですよね。

 

この作品ではカフカ以外の登場人物にも個性的な(今の日本社会では爪弾きにされそうな)バックグラウンドの設定が付いてますが、みんなそれをどうこう言われることもなく、また自分で引け目に思ったりすることもなくフツーに生きている。

背景設定は今の東京って感じなのに、少数派(多数派視点でいえば変わり者)をメッタ刺しにする今の日本を見慣れている目にはあまりにも異次元で、SF作品みたいに見えました。

 

SF?近未来?宇宙?と思ったのはもう一つあって、人との関わり方の話。

良い日じゃなかったというカフカに「良い日のほうが珍しい」と共感し、妻が駆け落ちしたマスターに「明日はいいことあるよ」といたわり、アイスというささやかな「いいこと」を提供する。深入りせず下世話な好奇心も出さず、あるのは自分に責任が取れる範囲のやさしさだけ。

 

人によってはこの距離感を冷たいと思う人もいるのかもなと思うけど、私はそのくらいが好きだし、これからの時代そのくらいでしかありえないのかもな、と思います。

昔は家族やら地域やらの繋がりがあったらしいけども、そういう流れじゃないので。

社会の変化に合わせて、人間関係は狭く深くの時代から広く浅くの時代にうつり変わっていっているのかもしれない。そんな新しい時代の人との繋がり方。

 

おおざっぱにまとめると、多様性の尊重と新しいコミュニケーションスタイル、という二つの印象が強かった。なにせ近未来SFだな、と思いながら見ていました。

 

 

もし世の中がこんなふうになっても今と変わらず嫌なことも辛いことも山ほどあるだろうけど、でもこんな未来なら、それはすごくやさしい未来だろうなぁと思います。