オリビエートの坂の上

観劇のメモを投げ込む予定です

ミュージカル マリーゴールド 8/26マチネ、9/7感想メモ

《ネタバレです!!説明とかもしてないので観劇済みの人向け》

 

 

ミュージカル マリーゴールド 8/26マチネ感想メモ

 


満足しました!!!!!大満足!!!!

女性陣中心に歌の圧がすごい。満足。

なんでもないように聞こえるセリフや動作に毎秒切り裂かれ続ける。満足。


めっちゃいい話だった うまく言えないけどあれは私の中では「いい話」だった。
みんなそれぞれの思いと意思で生きてただけの話だ…

それだけに「悪いやつ」であるソフィの異質さがぽっかり浮かび上がるような。
この「ぽっかり浮かび上がり感」、さくっと言うなら孤独、がすごくいい。

 


<以下雑感>


・めいめいさんを知れたことが私の人生にとって大収穫だった。
過去作は円盤でしか見てないけどすごいなー!とは思ってて、今日観たらこの出会いは私に神様がくれたギフト!!ってなりました  。


・姉妹対決みたいになってる構図の曲(シーン)が気高すぎて美しすぎて尊すぎて、彼女たちはすえみつさんの偶像なんだろうなと思ったりしていました。
「女性」というか「女性なるもの」に崇拝に近い敬意を感じる。

このシリーズで末満さんが描く女性は、宗教画の聖母に近いような気がします。
(今思うと今作のキービジュアルは聖母子像的だし、その構図は劇中何回も、絵画のように提示される)

すえみつさんにとっての「TRUMP」はフリーダでありアナベルでありあの少女たちなんだなと思うし、星に手を伸ばすような気持ちで彼女たちを描かれているのかもしれない。
個人の勝手な妄想です。


・実はキービジュアルとかあらすじとかでこれ毒親ものだったらどうしよ…と思ってたんですけど大丈夫でした。
脚本家が毒親だと思ってないだけでそれ普通に毒親だろ、みたいなやつ世の中に結構あるので構えてしまったというか、偏見や差別意識がそれと意識されず描かれてるものと同様そういうの無理なので若干不安だったんですが。
人によって取り方違うと思いますが、私はまったく大丈夫でした。
(これは書いた人と、たぶんガーベラのおかげなんですがその話はまた機会があれば)

 

・なんか今作は、愛と希望と赦しの話、という感覚がある。愛を持って希望を求めてもがいて苦しんで選択して、その行き着く果てが醜さやさらなる苦しみや悲劇だったとしても、愛や希望がそこにあったことは否定されない。これはたぶん今までの作品でもそうだったんだけど、今作は「女性」がメインだからかそれがすごく前面に出ている気がした(やっぱり今作は聖母的なんですよね)。

 

 


以下すべて何もかもネタバレです!!!!!!!!

あといまさらですが一度見ただけなので記憶違い等はご容赦ください

 

・第一声「ヤン・フラ」で絶望してオペラグラス取り落としそうになった
ゲルハルトが最大限不幸でない方法でフラの名前を繋いでいたことを祈るけども、どうかなぁ(中空を見つめながら) 
ヤンのあの一方面にダメな感じ、フラの人間だな!!って思ってしまう(血は断絶してるだろうけど)  名前に付随する業だな

・シルベーーチーーカーー!!!!
(結局シルベチカだけじゃなかった…みんないた…)

・ダリデリコ!?今あなたダリ・デリコって言ったの!?!?!?
椅子から転げ落ちそうになったよ

・ウルとソフィという名前の子がわちゃわちゃ登場して楽しそうにしてて幻を見てるみたいで泣きそうになったんですけど、
実際幻でしたね!!!!!!知ってた!!!!!!

ソフィはソフィ・アンダーソンって名乗るのにウルはウルとしか名乗らなかったときの「あ……」感は異常

その口でダリちゃんって言うなーーーー!!!!
笑うところだけど笑えなさすぎて顔がおかしなことになったよ  親父※と同じことを言うな    ダリちゃんって……言うな……

(みつやさんが「ダリちゃん」のあの発音を完コピしてたのでもうみつやさんもにくい)(すき)

※ウル(と呼ばれている無関係の他人)がそう呼ぶのもやめてくれなんだけど、あれ結局ウル(をイニシアチブで動かしてるソフィの一人芝居)だしウル(役だったみつやさん)だしでちょっと何言ってるかわからなくなってきましたね  つまり君は僕 僕は君 

・まじで花言葉使ってくると思ってなかったよ
ガーベラの花言葉の話が始まった瞬間「了解しました」みたいな気分だった

・守るとか言うな   もう誰も 守るとか言うな
(「我は守護者なり」)(4人でドーン!!)(圧倒的守護者!!)(当然全員死ぬ)

・とんちゃんさん良い役だね!!!!この脚本の中でいちばん良い奴じゃないですか
いや良い奴ではないかもしれんけどまっとうだった  本質本筋を見失わないひとはみんな真っ当

・ソフィ  踊らねーなと思ったら歌ってくれだと…やめろ…
その歌を…もってくるのは…やめてくれ…
(最大の繭期あぶり出しソング)(劇場の局地的嗚咽がやばい)

・手を伸ばしたソフィが美しすぎて私が死んだ
かわいそうなひと あなたは永遠にひとりぼっちよ(永遠の孤独の中で泣いてろ)

・ガーベラが最初にひとを噛んだとこで私はなぜかソフィを見ていたんですけど、ソフィ楽しそうに笑ってたんだよ 美しくて呆然とした  ああもうTRUMPのときのソフィではないんだ、と思った

・この作品で一番絶望したの、ソフィがTRUMPになってることです
言われてみて初めて、あぁ彼以外の人にとっては彼がTRUMPなのかと思って絶望してしまった

しかも劇中人物だけじゃなくてシリーズ初見の人にまでそう思わせたままにしたでしょ…
(いつ言うんだと構えてたけど冷静に考えたら言う理由ないよね)

そのひとはTRUMPではないのでアナベルの願いは叶わないし、というかその「TRUMP」はあなたの娘を燃やしますよ (シリーズ初見の人がLILIUMみるの楽しみだなーー!!!! というかシリーズいちの絶望と言われてたりするLILIUMに絶望を重ねがけした本作)

話それるけど、個人的にはウルにかけられた二つのイニシアチブと、「不死」関係以外のことは絶望だと思ってないです
悲劇ではあるけれど絶望ではない。

・みつやさんが明確に「LILIUMの前のソフィ」であることに感嘆した  自然と地続きというか。この人ソフィを愛してるんだなあ

・君は僕だ  あなたは私とおんなじよ

アナベルとヤンが美しい死に方したなと思ったら当然のようにアナベルが蘇ってしまうし親離れ!!言い方かわいいな!!(まったくかわいくありません)

からのお待ちかねのライネスはまーそーだよねーと思ってたら
「私にあなたを殺させないで」 (一瞬時が止まった) (ライネス流れたのでミッションクリア的に完全に油断していた)

その言葉を聞いてから母親を刺すまでの躊躇いのないテンポが最高…
あれでガーベラの何もかもがわかったと思ったので、めいめいさんは私にとって最高の役者。

「私の願いをきいてくれたのね」(うろ覚え)ってセリフは個人的にはわざわざ説明入れなくていいんじゃと思ったけどどうかな。
すえみつさんの脚本って割と手取り足取りな印象(いいわるいの話ではないです)

→だいぶ後日の追記  これは操られて「私にあなたを殺させないで」って言っちゃったから、それに対してアナベルが自分の意思でフォローを入れたんだと解釈したけどどうかな(私にあなたを〜のセリフはソフィのイニシアチブとのことなので)(脚本家の丁寧さのせいにしてしまった反省)

マリーゴールド花言葉は(暗転)
呪いと祝福  絶望と希望は同義、っていうのを体現してるのがマリーゴールドなんですよね すごい役だ


また思い出したことがあれば順次追記します。とりあえずパンフ読まないと…(小説だけ読んだよ)(読んだよ)

 

【9/7観劇分追記】

二回目でやっとまともに今作を今作として観られたな、と思います(初見は過去と未来の幻にとりつかれすぎていた)。

とはいえ君僕定点気味だったのであんまり全体は見られてないんですけども。

 

今作って愛の、特に家族の愛の話じゃないですか。それってソフィにとっては「何のことかわからないもの」なんだなとずーっと思わされてつらかった二回目。

親子や家族の愛情、みたいな場面では、無関心というかすーんって顔してるんですよね。嫌悪するとか羨むとか以前に、目の前のものが何なのか実感としてわからないんだろうな、と。だって自分が経験したことの無いものだから。何千年も生きているのに。

そして家族というものを想像しようとして近いものを探すなら、たぶん彼には、あの懐かしきクランしかない。それが皆の幻が出てくるシーンの意味でもあるのかな、と思いながら星の轍を聴いていたら、つらすぎて泣くに泣けなかった つらい (前回みたときは懐かしんでるのは自分が死ぬことができるただのダンピールだったこと、であってクランではないのではと思ったけど、そうではないんだよねきっと)

ソフィ、こないだどうだったか記憶がないんですけど、まぶたが重そうというか目の開き方30%くらいで口を薄く開いている表情がわりとデフォルトなのが印象的でした。あれは疲弊の顔に見えた。疲れきって何かに関心を持つパワーがもうなくて、何も感じなくなってしまった顔。手を伸ばした時もそんな感じで、もう手が届くとは思っていないんだよなぁ。

そのソフィが温度(生気というべきか)を取り戻したのが唯一ガーベラに対してで、ガーベラに伸ばした手や言葉が縋り付くみたいだと感じました。幼な子が母の愛を欲しがってるような、というのが一番近い。

そしてソフィがガーベラを連れていこうと行動し言葉を重ねていたあれは、愛に区分されるべきものだと思うんですよね。TRUMPシリーズでは、愛はあくまで自分だけの気持ち(さくっというならエゴ)という考え方が徹底されていて、その中には尊いものも目を覆うようなものもあるけど、全部等しく愛は愛。ソフィのあれも、誰にも愛とは見なされなくても、それでも愛だなぁと思いました。まあ彼女とのその後の顛末はあれなんですけどね。

あとハチャメチャに辛かったの、アナベルがガーベラに呪いの言葉を吐き続けるところね…あれ、完全にソフィの自傷行為じゃないですか…。ソフィは自分のなにを憎んでるんだろうな。誰にも肯定されたことがなくても、あの頃は自分で自分を否定はしなかったのに…。あえて言うなら自分とウルを不幸にしたダンピールというもの自体を憎んでるのかなとも思うけれども。あのシーン、アナベルの恐ろしさとガーベラの絶望とソフィの無表情が目と頭の中でぐちゃぐちゃになって倒れそうになる。

 

 

その他雑感

・みつやさんは本当に美しいなぁ。身体を動かすことに長けてらっしゃるんだと思うんですけど、オペラグラスなしで遠目に見た時の姿かたち、たたずまいの美しさに惚れ惚れしてしまった。

お顔もたまらなく美しいのでついオペラ覗いてしまうんですけどね。いちばん好きなのはガーベラがエリカを噛んだ時の笑顔です。美しい化け物だ、と思ったし、たまらなく惹かれたので美というのは恐れより強い概念なのかなと思ったりしていた

・というかソフィって繭期のときに噛まれたから本当に永遠の繭期を生きてるんですよね  LILIUMで散々言われてたのにぼんやりスルーしてて今回改めてぞっとした

・ガーベラが人間を噛んだ時に彼女を庇おうと出てきたアナベル、目が我が子以外を全部敵だと思ってる目で鮮烈だった。ものすごくリアリティのある母親像だと思いました。ガーベラもより母さん大好きっ子になってて、いい親子になってきたな〜と。

アナベルヘンルーダの死の前の懺悔聞いて、たしかにヘンルーダは(既にやってしまったことは取り返しがつかないとしても、そこから)自分の正体を明かして世間的にガーベラを認知すべきだったんだろうなと思った。少なくとも「誰とも知らぬ吸血種」云々の謗りを受けることはなくなるし、母子の精神的支えにもなったはずなので。でも、すえみつさんの描く男はそんなちゃんとした道は選べないよな…。そしてすえみつさんの描く女性は、そんな男に対して血ではなくあなたとあなたとの子を愛していると言い切り、ろくでなしの男まで守ってしまうんだ…。強く美しい、愛と赦しの女神。

この夫婦(という表現は妥当ではないんだろうけど)が寄り添いあって倒れてる最期の絵面、すごく救いがあって好きです。まあアナベルの最期はそのシーンではないですけどね!(虚ろな目)

・このキャメリア、あのキャメリアと同一人物だと私は思ったけどどうかな  表情とか反応とか、なんとなくそれでも違和感はないかななーと。まあウルのダミアンコピー(というよりソフィが想像で描いたウルの似顔絵に近い)が代々キャメリアって名前というのも十分あるかなと思うけど。

あ、今更だけど、なにかのコピーであるという点でキャメウル=マルコで見た目が寄せられてるのか?

→追記   (キャメ)ウルはウル(マルコ)の息子なので名前に引っ張られて寄せられてる感じですかね。グランギニョル見返したら見た目だけでなく割とあらゆる意味で寄せられてたのでぞっとした

・ソフィの「ダリちゃん」が完コピ音程じゃなくなっていた 二日目にあの音程で狂った私はどこにいけばいいんだ…ほんとにパパウルだったんだよ…

キャメウルときゃっきゃしてるの、(演者的に)楽しそうですき。ソフィの一人芝居…おにんぎょあそび…とか正面から受け止めると微笑ましさと愕然の間で禍々しい顔になってしまう

・とんちゃんさん脚また伸びた??(?)   地べたでンギャーってなってる時も「脚長っ…!!」ってなってしまってごめんね  爪噛んでるところ好き。コリウスヘンルーダにもガーベラにも、(アナベルを幸せにするための)約束をしろって言うんだよね。この人はやっぱりまっとうで賢いんだよなぁ。

上ですえみつさんの描く男性の話をちらっとしましたが、そういうどうしようもない男性たちの中でコリウスは異色だと思うんですよね。自分の醜さを見つめる強さがあって、弱い気持ちに負けて道を見誤ったりもしない。春林も珍しくまっとう一筋だったので、すえみっさんの中でとんちゃんさんは、少女マンガに出てくるかっこいい男の子なのかもしれない。私が勝手に思ってるだけです。

・ベンジャミン、「ここにいる人間を殺せ」(曖昧)って命じられて真っ先に部下殺してたよね?(よね?)じゃああの部下は人間ということか

・というか吸血種に人間に催眠?をかける能力あるの?出版社の二人、あきらかに煽られただけではない感じだったよね

・「どうしてイニシアチブに逆らえるんだ」とご丁寧に言わせていたところをみると、アナベルなんかある?ただのヴァンプ化じゃないのか(というか何にもなくて「これが愛の力だ!」とか言われるとソフィがつらすぎるので何かあってくれ)

→追記  上の方の追記の通り、イニシアチブに逆らった演技をイニシアチブでさせてただけでした このへんのくだりの違和感が全部それで解消

・これから出てきそうなネタ→ベンジャミンの子供を殺したダンピール、ヤン・フラの養父母(養父の名前→ビオラ

 

 

初めての繭期で配信があったので、あれから円盤見て考えてたこと追記(上にも少しだけ書き足しました)

・ウル=希望=ガーベラだからソフィはガーベラが欲しかったのに、連れて帰れたのはマリーゴールド=絶望だったんだよね。だから連れて帰ったあとの彼女はソフィの欲しかったものではなくて、結局燃やしちゃったのかなと思う。アナベルが願ったのも「ガーベラ」の幸せだったわけだし。仮にガーベラを連れて帰れていたら、ソフィはソフィなりにガーベラを幸せにしようとしたかもしれない。それにしてもソフィでもウルでもあり希望でも絶望でもあるガーベラ、すごい役だ。

アナベルのことを聖母的だと書いたんですけど、同時に人間はいわゆる聖母なんかになりえないということも表されてるんですよね。落ち着いて考えれば、アナベルはただの、強くあろうとした女性なので。ヘンルーダは「君一人に背負わせてしまった」と言うけど、それは同時に「アナベルが誰かに背負わせなかった」ということでもある。アナベルは気丈で賢く意思も強いけど、極度に自分だけで何とかしようとしすぎですね…。それはエリカやヘンルーダを守るためだっただろうけども。アナベルはおろかで弱くて、何もかも包み込む優しさや強さという意味での聖母性なんか持ちえなかった。でもあんなに美しく尊くまるで聖母のように見えるのは、愛のために強くあろうとしたことそれ自体を、この作品が肯定してるからなんだろうなと思いました。

なんか言葉が堂々巡りしてしまったけど、私はこのシリーズの、結末が悲劇だったとしても、そこに至るまでもがいて苦しんで間違ったこともそこにあった思いも否定されないんだ、ほらこんなにうつくしいでしょう、というスタンスを愛しているんですよね。マリーゴールドは特にそれが顕著な作品だったなと思います。